昭和の日本の労働環境は本当にひどかった話。〜戦争を経験している世代の話〜 | 女坊主一人旅ブログ

昭和の日本の労働環境は本当にひどかった話。〜戦争を経験している世代の話〜

日本の労働環境は改善されつつありますが、昔の日本の労働環境は本当にひどかったようです。

 

今回は管理人の父親の当時働いていた銀行の様子についてお話します。

ヨーロッパあるある

 

夜中3時まで働く

ある中堅どころの地方銀行の話になります。

 

今でもいるかもしれないのですが、昔の銀行は支店によって夜中の3時まで働いていたようです。

 

ちなみに平成に入ってから働いている私の元上司も夜中3時まで働いていたようでした。

後進国あるある

 

夜11時に仕事を開始する上司

とある支店長は昼間は寝ていて夜の11時になると起き出して、

 

さあ仕事だ!

 

と言って仕事を始めていたようです。

 

実際に仕事をするのは部下

 

朝は8時30分出勤

定時は9時開始でした。

 

今でこそパワハラといって問題になりそうですが、昔は割と普通に行われていたようです。

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二人死亡

さすがにこの労働環境でしたから、同じ支店で二人ほど亡くなったようです。

 

それを平然と話す父親も少し怖かったですね。

 

例の支店長はクビどころか、単に支店を異動だけでした。

クビ エピソードまとめ

 

戦争を経験

昭和15年生まれの父親ですから、実は戦争を経験している世代となります。

 

とはいってもさすがに父親は戦争当時はまだ子供ですから、戦争中は単に疎開先で終戦を迎えます。

 

それまでは食べるものがなく、祖母の着物を売ったりしていたそうです。

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医者の祖父もブラック労働

私が生まれた時にすでに祖父は亡くなっていたのですが、祖父は医師でした。

 

祖父は戦争当時、軍医としてパプアニューギニアに赴任していました。

 

日本から物資が届かず食べるものがなく、そこら辺のヘビなどを食べていたそうです。

 

戦争から帰ってくると、養子に出された兄の病院で働くことになりました。

(昔は割とすぐに養子に出されたりしていたようで、母方の祖父も養子だったようです。)

 

ただそこでは正月以外は休みなく働き、朝の7時から夜の3時まで働いていたようです。

昔の医学部受験はお金を払うのが当たり前だったらしい

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